コーチングと教育における主体性と自立——SRLに基づく設計と運用

はじめに

本稿では、教育現場で頻用される「主体性」と、学習の持続と転移を支える「自立(自律)」の関係を整理し、コーチングを介して両者を同時に育成する設計を提案します。ここでの立場は、教育する側やコーチ側の視点で話を進めていますが、読者の方は自分に教える側に立つことで、自己教育力を育成することにもつながります。

理論的基盤は自己調整学習(Self-Regulated Learning; SRL)の循環(予見―遂行―省察)であり、これを実務で運用可能な最小単位に分解します。結論として、主体性は“火種”、自立は“火を絶やさない仕組み”であり、コーチングはその両方を短周期で回す実装装置になります。


背景:主体性と自立は何が違うのか

教育現場では「主体的な学び」が重視されますが、しばしばその場の能動性(手を挙げる、意見を出す)と長期的な自走(締切を守る、次の一手を自分で設計する)が混同されます。本稿では、次のように区別します。

  • 主体性(agency/ownership):学びを自分ごととして意味づけ、選択・関与する志向の質です。関心・価値づけ・動機づけが中心です。
  • 自立(autonomy/self-regulation):目標設定、資源管理(時間・注意・ツール)、モニタリング、省察→再計画を自分で運用する力です。技能・習慣・仕組みが中心です。

時間軸でいえば、主体性は瞬間的に立ち上がる火種であり、自立は燃え続けるための燃料供給と点検の仕組みです。多くの授業で「やる気はあるのに続かない」問題が起きるのは、火種(主体性)は点いても、供給と点検(自立)の設計が欠けるためです。


  • 理論的視座:自己調整学習(SRL)の循環

本稿は、SRL(Self-Regulated Learning)の三位相——予見(目標・方略の構想)―遂行(モニタリング)―省察(評価と再計画)——を基盤にします(Zimmerman, 2002)。

  • 主体性は主に予見で立ち上がり、なぜやるか/何をめざすかの価値づけを担います。
  • 自立は三位相すべてを横断し、目標の一文化・証拠の可視化・省察の手続き化によって駆動します。
  • 循環が短く回るほど、小さな達成→具体的フィードバック→次の挑戦の連鎖が生まれ、主体性は再点火し、自立の運用も洗練します。

SRLとは Self-Regulated Learning(自己調整学習) の略で、学習者が自分の学習を自分で計画し(予見)・進行を観察し(遂行)・結果をふり返って次に活かす(省察)という循環を、自律的に回すことを指します。研究的には主に Zimmerman らが提唱し、以下の三位相で説明されます。

  • 予見(Forethought):目標と評価基準を決め、方略(やり方)と見通し(自己効力感・価値づけ)をつくる。
  • 遂行(Performance):学習中の注意配分や進捗をモニタリングし、必要なら方略を調整する。
  • 省察(Self-reflection):成果と過程を評価し、原因を言語化して次の計画に結び直す。

SRLは「主体性」だけでなく、メタ認知(自分の理解・進め方の認識)/動機づけ(効力感・価値)/行動調整(時間管理・方略の切替)の三側面が連動しているのが特徴です。


  • 自立の構造とタイプ:設計の目的地を共有する

「自立してほしい」を実装するには、目標を具体化したイメージの共有が必要です。本稿では構造(成分)タイプ(対象)で見取り図を持ちます。

  • 構造(成分)
    ①意思決定(目的・基準・優先の設定)/②資源管理(時間・注意・ツール配分)/③自己評価(証拠にもとづく見立て)/④責任帰属(結果を学びに変換)
  • タイプ(対象)
    A課題自立(単一課題の完遂)/B学習自立(課題が変わっても学び方を設計)/C職能自立(役割に応じた自己運用)/D社会的自立(協働しつつ目的調整)

ワークショップ、授業や研修の目的に応じ、どのタイプの自立をどの成分で強化するのかを事前に宣言しておくと、支援がぶれません。あるいは、参加者がどのような成分が不足しているのか、どのような場面で自立したいのかなど、受講者に寄り添うアプローチも可能になります。


  • コーチングが両者を同時に育てる三つの作業

Zimmermanの理論とコーチングの手法を活用すると、主体性と自立を同時に育成できます。

  • 目標の「一文化」で主体性を“方向化”し、自立を“起動”します。
    学習者自身の言葉で「誰が/何を/どの条件で/どの基準まで/いつまで」を一文にまとめます。これは主体性の“やりたい”を観測可能な目的へ変換し、同時に自立の予見位相を起動します。コーチは曖昧語を具体語へ変換する問いを投げます。
  • 証拠の可視化で自立の“継続性”を確保し、主体性の“納得”を支えます。
    遂行中は、ログ・成果物・観察所見を一画面に集約します。判断を情緒ではなく証拠に基づけることで、資源管理と自己評価が安定します。見える化は「できている実感」を生み、主体性の納得感を支えます。
  • 省察の手続き化で次の挑戦へ橋渡しします。
    「何を・どの順で・何で完了とみなすか」を一行で書きます。次サイクルの入口を明確にすることで、小さな達成の経験が自己効力感を押し上げ、主体性の再点火と自立の洗練が同時に進みます。

  • 運用モデル:主体性と自立をつなぐ運用サイクル

自立するためにすぐに運用できる具体的なモデルを以下にまとめています。

① 目標の一文化(予見)

  • 意味:主体性(やりたい・ねらい)を、観測可能な目的に方向化します。
  • 作業:学習者自身の言葉で一文目標を書く(誰が/何を/どの条件で/どの基準まで/いつまで)。

② 証拠の可視化(遂行)

  • 意味:学習の進み具合を情緒ではなく証拠で判断できるようにし、自立の継続性を支えます。
  • 作業:ログ・成果物・観察所見を一画面に集約し、不要な手順をテンプレート化・外部化します。

③ 省察の言語化(省察)

  • 意味:学びの意味づけを行い、成功・停滞の因果を言語で明確にします。
  • 作業:事実→気づき→教訓を短文(1–3文)で記録し、根拠(証拠)を1つ添えます。

④ 次の一手の手続き化(再計画)

  • 意味:省察結果を具体的な行動計画に落とし、次サイクルの入口を固定します。
  • 作業:「何を・どの順で・何をもって完了とみなすか」を一行で書き、期日を設定します。

しかし、この運用モデルを1人で進めるにはやはり自立している必要があるという入れ子の構造になっています。必要であれば、コーチングの受講やAIの活用などを検討していただければと思います。


おわりに

主体性は学びを自分ごと化する火種であり、自立は学びを運用し続ける仕組みです。コーチングは、目標の一文化—証拠の可視化—省察の手続き化というSRL循環を短周期で回すことで、両者を同時に高めます。

結果として、学習者は選べる(主体)だけでなく、選んだ後を運用できる(自立)ようになり、支援依存は減り、自走時間が増えます。教育の現場において、コーチングは主体性と自立を橋渡しする効率的な設計であるといえます。

参考文献
Zimmerman, B. J. (2002). Becoming a self-regulated learner: An overview. Theory Into Practice, 41(2), 64–70. https://doi.org/10.1207/s15430421tip4102_2

執筆者プロフィール
岳野 公人(たけの・きみひと)
滋賀大学教育学部教授。1994年長崎大学教育学部卒業(古谷吉男教授に師事)。1999年兵庫教育大学連合大学院(博士課程)中途退学(松浦正史教授に師事)。1999年金沢大学教育学部講師。2003年兵庫教育大学連合大学院において学校教育学博士を取得。2015年より現職。

南山教育研究所より|所長 南山紘輝のメッセージ
学びの本質は、「自分の中に先生を育てること」だと思います。誰かに教わることで火がつく――それが主体性。その火を自分で燃やし続ける―それが自立です。人生のあらゆる場面でも同じです。誰かや何かに動かされる瞬間は、確かに力になります。しかし、それを自分の中で意味づけ、次の行動につなげたとき、学びは「知識」から「生き方」に変わります。コーチングとは、その転換を支える技術であり、“自分を育てる力”を取り戻すための実践だと考えています。主体的に生き、自立して学び続ける人が増えたとき、社会全体の創造性も、思いやりや優しさも、きっと大きくなります。

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